「えー、すごーい!」
「わー、見て見て!わたしのきつねくんも鳴ったよ!ほら、お母さん!」
左手で点滴台を持ち、右手で“きつねくん”を作った子供たち。
アンパンマンのテーマを奏でる自分たちの“きつねくん”に、興奮で目を輝かせ、笑顔がはじけます。
口をほとんど開けずに奏でる「舌笛」を駆使して子供達を喜ばせるのが、忙しい日々の業務の中で私の楽しみの一つでした。
父親の影響か、物心ついた頃から口笛を演奏していました。
記憶にあるのは名も知らぬ中国の曲。
結婚間もない両親が銭湯へ行き、「そろそろあがろうか」の合図に父親が吹いていたそうです。
目立ちたがり屋だった小学生時代。
授業中に舌笛で演奏し、「誰や!口笛吹いてるヤツは!?」と困惑する教師を見てほくそ笑んだものでした。
2008年のある日、「日本口笛大会に参加して」という読売新聞の記事が目に飛び込んできました。
全国から口笛自慢が、自らの口笛を吹き込んだCDを送り応募します。
その数なんと数百人。
そのうち40名が大阪で開催される予選大会に出場できます。
厳正な審査の結果20名が決勝大会に進み、優秀者に各賞が与えられる、といった大会です。
それまで趣味程度で吹いていた口笛でしたが、常々、自分の実力を試してみたいという気持ちを強く抱いていました。
早速2009年大会の募集要項をチェックし、アンジェラアキの「手紙」という曲を演奏してCDを送りました。
口笛を録音するのは、外来患者さんが帰り静まりかえった診察室。
遅くまで残っていた看護師さんの「素敵な音色ですね」の一言が今でも心に残っています。
2009年11月の予選大会。
無事テープ選考をクリアし意気揚々と参加したものの、その出場者のレベルの高さにまず驚かされました。
某CMで口笛を吹いているセミプロの方、世界大会入賞者でCDを出している方、地域で口笛サークルを立ち上げて指導している方など、口笛に対する思い入れが強い人ばかりなのです。
実際、口から溢れ出してくるかのように滑らかで澄み渡った演奏の数々。
奇跡的に決勝大会に進むことができましたが、実力の違いを見せつけられる結果になりました。
実は日本の口笛のレベルは相当高いそうです。
今年で38回を数える「国際口笛大会International Whistlers Convention」でもこれまで数多くの日本人がGrand Championに輝いているということを聞かされました。
それからというもの一念発起し、決勝大会に向けて常に口笛を意識する生活を始めました。
外来の合間、当直中、病棟の移動中など時間を見つけては演奏するようにしました。
「最近ピーピー聞こえるよね」という同僚や看護師さんの言葉にも、「そうだね」と素知らぬ振り。
その成果か、決勝大会では無事6位入賞を果たすことができました。
いつでもどこでも好きな時に気軽に演奏できる口笛ほど、手軽な楽器はありません。
うれしい時、楽しい時、自然と口笛が溢れてきます。
悲しい時、辛い時、口笛を吹けば心が晴れてきます。
ましてや辛い入院生活を送る患者さんであればなおさらでしょう。
私にはこんな些細な夢があります。
看護師さんからのコンサルト:
「○○号室の82歳女性。
脳炎で入院中の方ですが徐々に意識状態が回復してきています。
ご本人の好きな「赤とんぼ」を演奏してほしいそうです。
いかがでしょうか?」
コンサルト返信:
「了解です。
午後3時頃“きつねくん”と一緒に伺いますね。」
口笛コンサルテーション、素敵だと思いませんか。
*昨年、院内の新聞に寄稿した記事より抜粋